人口データを活用して地域特性にマッチした経営戦略を立てる【医療:かりまた内科医院】
お話を聞いた方:医療法人太陽会 事務長 狩俣 一郎さん
データを活用しようと思ったキッカケは?
当院は昭和57年に浦添市で開業し、地域密着型の医療と介護サービスを提供しています。医療では、かりまた内科医院で一般内科を中心に、喘息や咳などの呼吸器疾患や、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の診療を担っており、介護サービスにおいては、地域の方々に様々なサービスを提供し、施設運営として認知症の患者様を中心にご利用いただけるグループホームの運営を行っています。
そんな地域密着型の当院を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。少子高齢化や国民の意識変化を受け、2005年には国により「平成18年の医療制度改革を念頭においた医療計画の見直しの方向性」が取りまとめられました。これにより、医療提供側の視点が中心であった医療体制から、患者様と国民の視点を中心とした医療体制が構築されることになりました。あわせて、国民の約30%が65歳以上(団塊世代は75歳以上)となる2025年問題に備え、医療や介護サービスが居住地域(中学校区)で完結する、かかりつけ医を中心とした「地域包括ケアシステム」の構築も進められています。
このような背景の中、患者様の利用状況と、当院の所在地における地域住民の利用状況を把握し、当院がかかりつけ医としての役割を果たす経営戦略を立てていきたいと考えていました。ちょうどこのとき、沖縄ITイノベーション戦略センター様から県事業のデータ活用の実証支援プログラムを紹介され、参加させていただくこととしました。
写真:地域包括ケアシステムを見据えた取り組みをするかりまた内科医院
データから明らかにしたかったことは
当院の主な患者様は、当院の所在地となる神森中学校区の住民が多いだろうと考えていましたが、果たしてその通りであるかを知りたいと思いました。
また、どの地域からの患者様が多いかということが分かれば、地域にフォーカスした広告や宣伝の展開など、経営戦略の検討に役立てられるのではないかと思いました。
写真:かりまた内科医院についてお話していただいた狩俣さん(右)
使ったデータはどのようなものですか
当院が保有する外来受診者データ(2022年1月~2022年12月、2022年4月~2023年3月)と、浦添市オープンデータカタログサイトで公開されている「行政区別・年齢別・男女別人口(2023年 [令和5年] 1月末時点)」、政府統計の総合窓口(e-Stat)で公開されている、「令和2年国勢調査 人口等基本統計 町丁・字編」を基に集計された「年齢(5歳階級、4区分)別、男女別人口」(47沖縄県)、日本郵便株式会社で公開されている「郵便番号データ」、沖縄オープンデータプラットフォームで公開されている「浦添市医療機関一覧(2023年1月更新)」です。
当院保有のもの以外はすべてオープンデータです。
どのようにデータを活用しましたか
まず、外来受診データについて年齢別にみたところ、高齢者ばかりではなく、若年者も多くみられ、幅広い年齢層の患者様がいることが分かりました。特定疾病※みると、高齢者が多い一方で若年者は少なく、疾患の種類としては喘息の患者様が多いことが分かりました。発熱外来でみた場合は若年者が多く、その親世代となる40代も多くなることが分かりました。
オープンデータと外来受診データをかけ合わせた分析では、浦添市という括りでみると、特に何か特徴があるようにはみえませんでしたが、当院が立地する中学校区で絞ってみたところ、10代で区内の約20%、70代以上で約25%の患者様に利用されていることが分かりました。特定疾病と発熱外来に絞っても、多くの患者様に利用されていました。これらのことから、中学校区では当院のシェアが高いことが分かりました。
※特定疾病:がんやリウマチ、慢性閉塞性肺疾患など、介護保険施行令で定められた16の疾患のこと
画像:中学校区の括りで可視化した患者様の分布
ただいまひとつ、予想通りという感もあり、さらに踏み込んで字(あざ)ごとに分析してみました。すると、新たな発見がありました。当院は「神森中学校区」のほぼ中心にあたる内間に立地しています。内間と隣接する字は勢理客と沢岻ですが、字によって患者様の利用状況に違いがあることを発見しました。沢岻は国道330号線を挟むこともあり、患者様の総数は少なくなります。一方、総数で見れば勢理客と内間は似たような受診状況ながらも、勢理客は30代~40代の働き盛りといえる患者様が、内間よりもずいぶんと少なく、年齢別にみて取りこぼしがあることが分かりました。
画像:字(勢理客)の括りで可視化した患者様の分布
ここで、字単位まで掘り下げたデータ分析により、経営戦略の具体的な施策が立てられるのではないかと考えました。勢理客から来院される高齢者の患者様へ、おそらく同居されているであろう30代~40代の方に向けた診療案内のパンフレットなどを配布すれば、患者数の増加が見込めます。やがてこの方々が年を重ねることで、将来的に高齢者となる患者様を確保することにもつながります。また、勢理客地域の30代~40代に向けた健康講和や予防接種、健康診断などの実施も効果的ではないかと思います。
ほか、すでに町中に看板を設置してはいますが、患者様の地域特性が分かったこともあり、人流に沿った効果的な設置個所の検討にも繋げられるのではないかと考えています。
今後どのようにデータ活用を推進されますか
まずは今回の字単位によるデータ分析をじっくりと検証し、可視化されたダッシュボードから新たな発見がないかを引き続きみていきたいと考えています。また、気づいたことや分かったことは当院の経営層にて共有し、今後の経営戦略に役立てたいと思います。
一方で、取り組んでみて新たな課題も浮き彫りになりました。電子カルテから有効なデータをいかに抽出するかという点において、電子カルテはお客様の病気に関するエピソード的な情報が文章のように記載されており、この中から必要とするデータを抽出するためには、将来的にAIの開発や活用が必要になるのではないかと感じました。この点はすぐに対処できるものではありませんが、データから何ができるか、引き続き検討したいと思います。
写真:データ活用を通して新たな発見を得られた狩俣さん
これまで感覚的に感じていたことを、データ活用を通して可視化したグラフや数字で確認することができました。同時に、実は気づいていないことがあることも見えるようになりました。実に有意義な取り組みだったと感じています。ただし、ここまでは沖縄ITイノベーション戦略センター様の協力で取り組むことができましたが、さらに深く取り組むためには、当院ではなかなか難しく、外部の専門家による手助けが必要だと感じました。